アナログにっき。

自分らしく自由に生きる専業主婦。2人暮らし。考えることと書くことが好き。

完璧じゃないからこそ愛おしい!

 

今日のハウスには、短い営業時間にもかかわらず、たくさんの方がお越しくださいました^ ^ 前半は、学校や教育のお話をしました。そして後半は、ある方のある恋について、みんなで輪になって語り合いました。初めて会う時は緊張してしまうし、デート後のメールに何て返信すればいいのかってわからないでよね。相手のことを思いやっているからこそのことだと思いました。そんな中、人って完璧じゃないからこそ愛情が生まれるのかなって、一人ひそかに思っていました。

好きな人や気になっている人の前で、緊張せずに自分の素敵な部分ばかりを見せることができたら、そして悩まずにいられたら、そりゃあいいかもしれないですけど、でも人間ってそんなにシンプルにはできていませんよね。緊張しないようにしたって緊張するし、どうしたって悩むものは悩みます。かくいう、わたしも不完全を絵に描いたような人間なので、緊張しないように1分前に深呼吸していたとしても、ふと気がついたらばっくんばっくんしていたり、イメージの中ではクールにきめていたとしても、実際にやってみたらカッコ悪い失敗の連続だったり。でもその「完璧じゃない部分」って、誰かにとっての「愛しい部分」にもなると思うんです。逆に言えば、その「完璧じゃない部分」がなかったら、誰かにとっては完璧じゃなかったり。何が完璧かって、人によって違うと思うんです。

うちは、父親が頑固で我慢強くて弱音を吐かないザ・東北人だったので、わたしは男の人が弱音を吐いたり涙を流したりする姿を見ると、ものすごく惹かれます。こう、なんていうか、こう、喉の奥をぎゅ〜っとつかまれるような?感覚になります(無視してください笑)男の人に限らず、同性でもそうです。「こうあるべき」とか「こう見られたい」いうものを超えたところにある、弱い部分も汚い部分も全部含めた姿で生きている人に遭遇すると、清々しくてカッコいいな〜って魅力を感じます。世間一般的には、強くて弱音を吐かない人が完璧なのかもしれないけど、自分にとってはその逆で、自分を大きく見せないでちゃんと弱音を吐いて生きている人こそが完璧な人です。

だから、わたしは個人的に、どこかの誰かが勝手に作った「世間一般的な完璧像」にとらわれる必要なんて全くないと思います。「お互いにとって完璧かどうか」だけが大切だと思います。

その、パズルがぴったりはまるような感覚の、たった一人の人は、誰にでも存在すると思います。ロマンチストだと笑われてしまうかもしれないけど、結構本気でそう思っています。